小さな気功記録 3周期目🃏実践熱がクールダウンされたにもかかわらず不思議と調子は良い話

下記幸福享受実験の補助役として自己にとり好都合なエネルギーを循環させる為の気功の取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合
👉🏻気功観察記録
👉🏻日常記録
2026年2月24日-3月23日
泄法:
甩手は最初の2週間分ほどはほぼ毎日と言っていいほど実施した
それ以降は、特に洗濯をすると決めた日には実施しなくなった
頻度としては週に3-4回程度
動功については、依然として予習がてらの動き
座学でのアップデートはまだ済ませていない
丁度その3週間目くらいからは何故か勝手に身体が動くと言わんばかりの体で動いてみることが少し増えた
その際甩手や站桩法や収功も律義に実施するでもなく、この動き単体で
また、前周期では文鎮を用いて剣舞の真似事―厳密には本当に戦っているかのような動き―をしていたけれども、それは辞めた
よくよく思い返せば現実と戦う為でなく幸せになる為の気功の取り組みであるのに、戦う意識を持つことに違和感を感じたため
そして動功のような動きの都度文鎮を持って剣舞のような動きをするわけでもなくなった
以後は剣舞のような動きをすることがあっても戦っているような意識を持たず、ただ気持ちの良い動かし方に意識を注いでの取り組みとしている
補法:
站桩法は甩手同様に3週目の周期から確実に外出する日はおろか、選択すると決めた日も実施しなくなるようになった
頻度としては週に2-3回程度
他:
同様の流れとして収功も、動向のみを実施したと言う日はしなくなる日が増えた
但し、站桩法や甩手を実施した日は必ず実施をした
日常生活への影響:
総合してとりわけ何もしなくても、特に指全体が労宮のつぼになったような、常にぴりぴりとした電流のようなものが流れているような感覚を感じていた
何もしなくなった日があったと言うのも、幸せ実現の臨場感の為の補助的なツール弄りに夢中になっていたことが大半の理由だったわけだけども
ちょうど上記の幸福享受記事の後期にも記した件
そのツール弄りをしているだけでも頭は余計なことを考える時間が大幅に減ったため、気功そのものを毎日する必要性を感じなくなってしまったためとも思われた
何より外出すると決めた外出先で不快感情を感じなくなってくれた
辞めても実施しても体調が頗る悪いわけでもなく、比較的良い方だと感じられた
それでも甩手や一方站桩法、何であれば収功も実施すればかなり軽率なタイミングで欠伸が出る事も健在
その変化が感じられることを挙げられるとすると、動功の真似事のような動きをする際
手の動きのみでなく身全体を動かす速さが自ずとゆっくりめになっていったことが挙げられる
これはゆっくり動かなければと意識して行う日もあればそうでない日もある
そして日を追うごとに意識しなくてもそうなる日が徐々に増えていった
そのお陰かは今はまだはっきりと断言はできないけれど、 日常の家事や外出先での買い出し等でその動きを応用することにより無駄な動きが大きく減った実感がある
今を含めた一瞬一瞬もなるべくご機嫌に過ごす
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