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小さな気功記録 5周期目🃏最適化を覚えた足部の話

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下記幸福享受実験の補助役として自己にとり好都合なエネルギーを循環させる為の気功の取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合 👉🏻 気功観察記録 👉🏻 幸福享受実験基礎回帰編 👉🏻 日常記録 2026年4月21日-5月18日 泄法 : この期間での甩手は外出先で一度きりしてきた 一方動功は、まだ座学を履修していないため気の赴くままのタイミングと動きで、身をくねらせながらの円を描くもの ただほとんどの場合、合理性を求めて下記の站桩法の型を下半身だけ、上半身のみ動功のような動きを実施した 補法 : 前周期の取り組みの結果、卑劣な筋肉痛を催した反省から、站桩法のような下半身の型を主に歯磨き中に実施 無理なく行うには、手によるマルチタスクが不可能なものとの合わせ技が自分にとり向いているだろうと見越した上で 他: この周期の収功は、上の一外出先で歯磨きしながらの站桩法の下半身限定版や動功のような動きの〆にする日が2-3度ほどあった   👉🏻 関連幸福享受記事 前期 後期 日常生活への影響: まず、前周期の後半分に甩手や站桩法等基礎の動きを殆どしなかった、しない自分を許したと書いたけれども この周期のいよいよ前半の外出先で基礎の全体を通す実施をしたところ、ちょうど帰り道のタイミングで大腿部の卑劣な筋肉痛を催すこととなった 長年知らず知らずのうちに採用してきた観念の問題が半分、急に動かして身体が驚いたのかも知れないという推測が半分 そのいずれか又は両方であっても許すことにしながら痛んだ箇所を撫でたところ、痛みが大幅に退いた現象を体験した 次から他の項目をする気が起きず動功のような動きをするときは、それから歯磨きなどマルチタスクが許されにくいタイミングでは、下半身だけ站桩法の型を取っておこうと内省した瞬間でもあった そして内省通りの実施は今日もなお、続けられている 👉🏻 関連記事 この期間でも動きの速さはデフォルトままだとしても、無駄な動きが減っていることについては健在 踵や足首の動きを身体が半自動で活用していることも健在で、何であれば右方向に回るか左方向に回るかについてまで前回よりも最適化してくれたように感じた 下半身のみ版站桩法はほぼ毎日実施したと言...

小さな気功記録 4周期目🃏日常の動きでなぜか足部が活躍していた話

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下記幸福享受実験の補助役として自己にとり好都合なエネルギーを循環させる為の気功の取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合 👉🏻 気功観察記録 👉🏻 幸福享受実験基礎回帰編 👉🏻 日常記録 2026年3月24日-4月20日 泄法 : 甩手については周期の前半は概ね週1単位の実施となった 後半はほぼ実施しなかった できなかったというよりも、する気がなくてしなかった意味合いが強い 一方動功は、乗り気な心地であった際に実施 気分により蛇や龍のような動きという基礎を思い出し、腰から下をくねくねと動かしながら またある時は下半身だけ站桩法の型のように腹に力を込めて固定させ、腕だけ思い思いに動かす要領で 補法 : 站桩法についても周期の前半は概ね週1単位の実施 取り組み時間も前周期と比べれば大幅に短い時間のみに済ませるようになった  後半は甩手同様する気が起きなかったために実施しなかった 他: 収功についても周期の前半は概ね週1単位の実施 後半も上の動功擬きの実施以外の項目同様ほぼ全く実施しなかった 👉🏻 関連幸福享受記事 前期 後期 日常生活への影響: 前回に続き総合して、全体的な日常の動きから無駄が省けたような実感 しかも中の人の取り組む気功では足部はほぼ全くというほど活躍しないにもかかわらず、足首部分や踝部分がやたら無駄な動きを避けるための補助的な役割を果たしてくれている ただ素早さについてだけは生来ありきのものがデフォルト その事について悪いと思っているわけではないので、それはそれで良いと自己完結している   また、動功の基礎については未だ未履修であるにもかかわらず、甩手や站桩法、収功を遥かに凌ぐほどに実施に意欲を持てていた 自身の快に合わせて円を描くように腕全体を動かすこと自体が快感だった模様 そして依然として、それも実施した時しなかった時を問わず、掌や指全体から電流が走っているような感覚を感じられていた 甩手や站桩法のような基礎の動きも、知らないうちに頑張りワークにしてしまうことよりも、気楽な頻度とタイミングでの実施でも良いと自身に許可を出せた時期でもあった 今を含めた一瞬一瞬もなるべくご機嫌に過ごす ※次回の当該テーマの更新は2...

小さな気功記録 3周期目🃏実践熱がクールダウンされたにもかかわらず不思議と調子は良い話

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下記幸福享受実験の補助役として自己にとり好都合なエネルギーを循環させる為の気功の取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合 👉🏻 気功観察記録 👉🏻 幸福享受実験基礎回帰編 👉🏻 日常記録 2026年2月24日-3月23日 泄法 : 甩手は最初の2週間分ほどはほぼ毎日と言っていいほど実施した それ以降は、特に洗濯をすると決めた日には実施しなくなった 頻度としては週に3-4回程度  動功については、依然として予習がてらの動き 座学でのアップデートはまだ済ませていない 丁度その3週間目くらいからは何故か勝手に身体が動くと言わんばかりの体で動いてみることが少し増えた その際甩手や站桩法や収功も律義に実施するでもなく、この動き単体で   また、前周期では文鎮を用いて剣舞の真似事―厳密には本当に戦っているかのような動き―をしていたけれども、それは辞めた よくよく思い返せば現実と戦う為でなく幸せになる為の気功の取り組みであるのに、戦う意識を持つことに違和感を感じたため そして動功のような動きの都度文鎮を持って剣舞のような動きをするわけでもなくなった  以後は剣舞のような動きをすることがあっても戦っているような意識を持たず、ただ気持ちの良い動かし方に意識を注いでの取り組みとしている 補法 : 站桩法は甩手同様に3週目の周期から確実に外出する日はおろか、選択すると決めた日も実施しなくなるようになった 頻度としては週に2-3回程度 他: 同様の流れとして収功も、動向のみを実施したと言う日はしなくなる日が増えた 但し、站桩法や甩手を実施した日は必ず実施をした 👉🏻 関連幸福享受記事 前期 後期   日常生活への影響: 総合してとりわけ何もしなくても、特に指全体が労宮のつぼになったような、常にぴりぴりとした電流のようなものが流れているような感覚を感じていた 何もしなくなった日があったと言うのも、幸せ実現の臨場感の為の補助的なツール弄りに夢中になっていたことが大半の理由だったわけだけども ちょうど上記の幸福享受記事の後期にも記した件 そのツール弄りをしているだけでも頭は余計なことを考える時間が大幅に減ったため、気功そのものを毎日する必...

小さな気功記録 2周期目🃏心の中に龍を飼っているような感覚が芽生えた話

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下記幸福享受実験の補助役として自己にとり好都合なエネルギーを循環させる為の気功の取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合 👉🏻 気功観察記録 👉🏻 幸福享受実験基礎回帰編 👉🏻 日常記録 2026年1月27日-2月23日 泄法 : 甩手はほぼ全く方法を変えていない 後述の幸福享受記事にも書いてきた自浄の意味を込め、気が済むまで毎日取り組んでいる 動功のようなものとしては依然予習のように思い思いに動く取り組みをした 主に絶対に外出しない日はそうしていて、決して毎日ではなくなった 周期の概ね前半までは後述の站桩法によって自身と自身のテリトリーサイズの濃密な気の球体から、テリトリー部の結界を張るように凝縮するため そこから余った気の球体は自身の下丹田を中心点として半径1mほどの球体へ凝縮させ覆うように それから全身の外側内側を問わず自在に出入りをするイメージでそれに合わせて動きをつけた ほぼ後半からはこの動きを剣或いはその他武具を手に携え、舞うように動いてみたら楽しそうと急に思いついた なのでほぼ早速と言った形でそのような動きをしてみることも増えた ある時は青龍刀、ある時は鏢や撒菱やヌンチャク、ある時は槍や弓などを携えながら舞うように 補法 : この期間では最初の2周分くらいまではほぼ毎日、基本のきである站桩法に取り組んだ ちょうど3周目くらいになると一歩でも外出してくると決めた日は時間が惜しいあまり省略して甩手と収功のみで済ませる日もあった 1周期目の半ば頃、普段取り組む時間帯よりゆっくりめに実施した日があった その日入我我入の意識を持つ際に新しいイメージを取り入れることにした まず気の球体の中にいるイメージをする時、欠伸の都度下丹田を中心軸にした球の半径が膨張するまでは同じ そこから変えたのが、自分自身と自分の住まいのテリトリー全体が覆えるサイズを最大値とすること そのサイズのまま欠伸をする毎に、結界を張るかのように気の球体の密度が濃厚になっていくイメージ 他: 収功では基本的には一連の泄法補法全体を通した〆に また甩手のみを実施し手全体がほんの少しでも電気摩擦のような感覚を得た場合も、安心欲しさに念の為 基本は身体の性別と逆の方法で実施 ちょうど上の站...

小さな気功観察記録 1周期目🃏基礎段階から欠伸ばかり出している話

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下記幸福享受実験の補助役として自己にとり好都合なエネルギーを循環させる為の気功の取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合 👉🏻 気功観察記録 👉🏻 幸福享受実験基礎回帰編 👉🏻 日常記録 2026年1月1日-1月26日 前記: 厳密に記せば2025年の12月上旬辺りに思い立ったことだけども 身体を使った不都合なエネルギーの吐き出し、又自分に最適なエネルギーの取り入れの一環として内功に取り組むことに前向きになってきていた これまで中の人にとり身体を使ったそのワークと言えば、主に腹と背と脚の筋力トレーニングと概ね全身の骨トレーニングと極偶に声の使用に限定されていた 内功を取り入れてみようと言う思いはもしかすると、ホメオスタシス面の私が思いついたものかも知れないと思っていることは、一応頭の隅に気付いてはいた だからこそ極める気はなく単純に楽になることへの追求で、もう少し身体を動かすことに楽しさを感じるやり方である方が出て行って欲しいものが出て行き、取り入れたいものが入り込みやすくなるのでは?という思いがあった そこで年が明けて手に入れた書籍が以下 https://amzn.asia/d/fMMxJEg 書籍名に合わせこの先気功(きこう/拼音qìgōng)と統一して言い換えるけれども 元々太極図に惹かれるなども相まり、特にn日坊主となる事もなくこんにちに至るまでほぼ毎日動かす取り組みを続けられている 何であれば今の時点に至るまで基本中の基本の型の項を舐めるように読み毎日実践するくらいには、そして取り組み中に欠伸を出すくらいには気楽に楽しもうとすらしている 又この度参照している気功の本にはしばしば男性はこう、女性はこうとやり方の違いが挙げられている事について その本の冒頭には一般的に男性は表面が陽で内包は陰、女性はその逆 そして多くの場合男性らしくない男性や女性らしくない女性はこれらに当てはまらず一般とは逆なことがある―と言う 実践中に性差があるのは、取り組みの〆にあたる収功(しゅうこう/拼音shōugōng)と呼ばれる段階において 実際に中の人がまともに収功の動きをする際、自分の身体の性別に即した方向で行なった場合、その後直ちに現実でキャッチしたものに強い違和...

小さな日常記録 20260101🃏年末年始の数日間世界の新年ご飯を用意してみた話

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👉🏻 幸福享受実験基礎回帰編 👉🏻 食とおやつの昇華箱 年末 2025年12月29日の2回目食事 即席コザンブの素1/2と赤ワインに野菜菌類洋麺ぶち込んで、生姜パウダーディルウィードオレガノ花椒でキメたもの 蛋白物海藻ミネラルは気持ち半分たっぷりめのフランクフルトとミックスチーズあおさを摂った 日頃の寒期のこのタイミングは概ね鍋三昧みたいになっているし、厳密には夜ではないけれども何でもイブを付ければ良いと思えばこの日は晦日のイブであること、それから調べると行政機関は閉庁するらしいと言う理屈で開き直ってこちらに載せ いつぞかの無印さんちのコザンブさん 👉🏻 関連幸福享受記事 パスタに合うだろうそうに決まっていると思っていたけれどその読みは正しく、安定的に美味しく食べることができた 予定していたよりも少々ゆったりした帰宅となったので、即席食材を使う以外でも自分を甘やかしたくあまり美味しいと感じられなかったフランクフルトを多く盛った 何を盛ったかよりも蛋白物注入を甘やかしの要素に加えたかったマインドと思われる このコザンブの香りがハーバルな風味を醸していていることも相まって、聴覚以外の五感で気持ち良く食べられ至福 食後のおやつ 皿うどん用揚げ麺にコザンブ味スープの残り汁でキメたもの 上のたっぷりめフランクフルトのコザンブ味パスタとも呼ぶものを食べたのと同じ時の食後に 年末年始特殊版と呼ぶに相応しいチョイスでないけれど、残り汁を用いたからと言う理屈で開き直って載せ こんなこともあろうかとと予め汁を取り置きしたよりも、この場合揚げ麺の上に盛る方が多少映えるかも知れない―と言う打算の為に、メインを食べながら汁を少し残すことを意識に留めた上で盛ることのできた一品 合うだろうな美味しいに違いない―と確信した上だったけれども、案の定美味しくて満足 2025年12月30日の2回目食事 即席もつ鍋つゆ約1/4と自家製味醂(酒税法対策済)に野菜菌類うどんぶち込んで、唐辛子陳皮生姜パウダーオレガノでキメたもの 蛋白物海藻ミネラルは鶏腿赤魚わかめつゆ混入の豚もつ少々 並行して別の調理作業を終えた勢いと同じ鍋で淡々と用意 その調理後の鍋を全くそのような痕跡を残さず完成までの工程に持ち込めたのひょっとして私鬼才―など何度か思った 味醂を足したことによって少々味が濃くなってしまったきらい...